クリスチャンディオール(1905年1月21日〜1957年10月24日)フランスの最も有力なオートクチュール界最高巨匠クリスチャンディオールは子供の頃発明好きで、建築に興味を持っていたそうですが、父親の希望で外交官になるべく学校を選び卒業したそうです。
卒業後欧州各地を旅行し、この間建築、絵画、音楽の知識を得、外交官になることをやめ、画商になり画家のダリ、マッソン、ジャコブ、音楽家のミョー、ブーラン、詩人のコクトーなどと親交を結び高い教養と知識、芸術的感覚を身につけたと言われています。
パリ−モード界に彗星のごとくデビューしたクリスチャンディオール、その時42歳。そして52歳で他界するまでの10年間で世界中を魅了したのです。
クリスチャンディオールの魅力あふれた作品はニュールックと名付けられました。
1950年 バーティカルライン
1951年 オーバルライン
1952年 シニュアスライン
1954年 Hライン
1955年 Aライン、Yライン
1956年 アローライン
20世紀を動かした天才デザイナー、クリスチャンディオールは華やかな友人達がインスピレーションの源。美とエレガンスを極めたニューファッションモードを芸術のジャンルにまで引き上げ、「幸せな商人」と自ら名乗り、実は人間的に多くの弱さを持ち、様々なコンプレックスを抱き続けた人物だったという本が有りました。なんだか巨匠にしてもそういう一面があったのかと思うと、人間的でホッとしました。
1964年12月マルセル・ブサック(綿のファブリック王)の援助もありオートクチュールのメゾンが設立。1947年「SISコレクション」でパリデビュー。8ライン、別名コロール(花冠ライン)ペチコートで膨らませた曲線を強調したゆったりなだらかな肩に、細く絞ったウエスト、くるぶしまであるロングスカートという最初のコレクションを発表しました。
1957年10月24日、旅先でディオールが急死したのです。52歳の若さで後継者としてカルダンがあげられましたが、カルダンはすでに独立していたので、イブサンローランが21歳の若さで後継者となったのです。ディオールの持っていた独特なセンス、共通の感覚、なるべくしてなったことを世界中にディオール2世と言わしめたのです。
1958年春夏コレクションにおける最初の発表はトラベーズラインを主としたもので、優雅な中にも若さのあるデザインは好評を博しました。
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オートクチュール界最高巨匠クリスチャンディオール
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